Liber Primus 第一之書

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読了:P・K・ディック『ユービック』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)

▼P・K・ディック『ユービック』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)

今更、そして恥ずかしながらの初ディック。以前もディックの作品を読んでみようとしたことはあったのだが、全体に漂ういかにもアメリカ資本主義風の、消費社会コマーシャリズムの雰囲気が——批評的な意味が込められているのだろうけれど——どうも馴染めなくて今までなかなか読めなかった。ディックの代表作のひとつである本書もその例に漏れず、各章冒頭に掲げられた謎の万能商品「ユービック」の広告のエピグラフ(?)も、商業主義の露骨なカリカチュアになっている。しかし本書では、頁を繰る手を止めることにはならなかった。超能力者に対抗するエキスパートの一団が月面に集められたところ、実はそれが罠で、一行は襲撃され犠牲者が出たため、地球に撤収し対抗策を取ろうとする。ところが、あらゆるものが時間を逆行していく現象が生じるようになって……、という展開が、一見通俗的な導入部を裏切り、なにが現実でなにが幻想なのか定かでない眩暈の感覚を増幅していく。レムはアメリカSFのなかで唯一ディックのみを評価しているらしいが、それもわかる気がする。「ディック特有の現実崩壊感覚」という評も聞いていたので、これがそれか、と思いながら読んだ。SF的な道具立てと約束事はあるが、その前提の中で主人公たちは苦境を脱出しようと自分たちが置かれた状況について考え、模索し、また新たな謎にぶつかりと、苦闘する。したがって読者も読み進めながら、登場人物と同じ幻惑感を体験する。なにか重大な意味を持った出来事が進行しつつあって、それはさまざまな形で暗示され、仄めかされ、予兆らしきものが示されるが、どうしてもその意味をつかむことができない、現実をつかもうとしてもいつも自分の手をすり抜けてしまう、そういった感覚、これこそがディックが書きたかったことなのかと感じた。だからディックにとって、SF的な設定それ自体が書くことの目的と言うよりも、この足元をすくわれるような現実崩壊感覚を実現するための手段に過ぎないようにも思えた。発表されたのが1969年ということなので、描かれる未来社会の様子も現在からすれば古さは否めないが、それは枝葉のことに過ぎなくて、この作品の本質をいささかも損なっていないと思う。むしろ、必ずしもSF的な設定にこだわらなくても、この現実と幻覚が反転する幻惑感を描くことはできるのではないかとも思える(ラテンアメリカ文学のいわゆるマジック・リアリズムと呼ばれる作風も、狙いとしては近いのではないか)。そうであるとするなら、なぜディックは一貫してSFを、それも(まだ一作しか読み通しておらず伝聞だが)現実が確固たる基盤を失い、幻想と現実の境界が判然としなくなるような作品を書きつづけたのか。ディック作品のSF的装いの通俗性は、作品がエンタテインメントとして消費される「商品」であり、「本質」を欠いた「表層」であることの自己言及的表明であって、それは作中で繰り返し描かれる、隅々に至るまで商業主義に浸透され、およそ「深み」などとは無縁の、表層的な、「現実感を欠いた」日常生活と並行関係にあるように思える。つまり、作品の「内容」として作中で描かれる日常世界が、商品経済に根こそぎ組み込まれて全く実体感がないことと同様に、作品の「形式」においても、作品が自らの商品としての表層性をあからさまに自己言及的に提示することが必要だった、その意味での「SF」という文学形式の選択であり、通俗性・大衆性であったようにも思える。作品世界の描写と作品形式の両面で、露骨なまでに消費社会的な通俗性と虚構性を描き切ることによって、現実は仮象にすぎないことを暴露し、むしろ仮象こそ現実であるとディックは言いたいように見える。こうした世界の商業主義的な表層性、仮象性に対しては、ディックはとてもアンビヴァレントな感覚を持っていたのかもしれない。うんざりさせられる、吐き気のするような空疎な広告と消費活動に充ち満ちた日常と、また同時にその空虚さ故に容易に立ち現われる非現実感というこの反転交錯が、まるで薬物による幻覚作用のように(ディックは実生活でも薬物を使っていたのだろうか?)ディックを捉えて離さず、いつまでも魅入られつづけたのだろうか。そしてこれは、ディックが体験した20世紀後半のアメリカ社会の生活そのものでもあったのだろう。読み物としての面白さのなかに、醒めることのない悪夢、仮象としての現実という毒を仕込んだ、見かけ以上に「暗い」作品であるようにこれは思える。
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  1. 2015/01/12(月) 13:43:48|
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