Liber Primus 第一之書

購入した本、読んだ本について紹介していきます

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5月の購入図書(2)

▼『岡井隆歌集』(思潮社現代詩文庫502)
▼『西脇順三郎詩集』(思潮社現代詩文庫1016)
歌集や詩集は入手しづらいものが結構あるので、思潮社のこのシリーズは大変有り難い。

▼若桑みどり『イメージの歴史』
もともと放送大学の教科書として書かれたものだが、伝統的な意味での単なる「美術史」に留まらない、イメージの文化史・社会史を記述しようとする野心的な試み。

▼R・A・ラファティ『第四の館』(柳下毅一郎訳 国書刊行会)
ラファティは、今短篇集『昔には帰れない』を読んでいる途中だが、かねがね聞いていたとおり、どんな作家とも比べようのない、大真面目にふざけていると言うか、なんとも不思議な作品を書く人だ。本書は長編で、ラファティらしさが全開となっているらしい。
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  1. 2015/05/18(月) 22:11:07|
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5月の購入図書(1)

読了本やSFセミナーの感想を書きたいのだがなかなかその余力がないので、とりあえず新着図書の紹介だけ。

▼トーマス・カスーリス『神道』(ちくま学芸文庫)
▼岩田慶治『カミの誕生 原始宗教』(講談社学術文庫)
▼山折哲雄『神と翁の民俗学』(講談社学術文庫)
 こういった宗教人類学関係の本は、海外のものも日本のものも少しずつ集めてきている(集めるわりにはなかなか読めないが)。一見世俗化し合理化された日本社会にも、歴史的に形成されてきた宗教的心性が今なお息づいていることは間違いない。けれども、そのことが明確に意識されることは少ないし、とりわけ都市化された地域に住み核家族であればなおのこと、宗教的なものは単なる儀礼に過ぎないものと考えられるだろう。しかし、忘却されることによってかえって力を振るうものがあるとすれば、歴史のなかで根づいてきた宗教的心性はそのようなものに思われる。「神話」というものは、説話として書物に記されているものというより、装いを変えてそれと自覚されることなく人びとの意識において繰り返し再生するものではないか。これは、人類学、歴史学、社会学、心理学、哲学が交叉する領域でもあると思う。

▼河合隼雄『ユング心理学と仏教 〈心理療法〉コレクションV』(河合俊雄〔編〕 岩波現代文庫)
 先にも購入したシリーズのなかの一冊。河合隼雄はユング心理学を日本に紹介した功労者だが、一般への知名度の高さとは裏腹に、専門家筋では毀誉褒貶が著しいように思う。ひとつには、河合が一般向けの通俗的著作を大量に出したことも関係しているかもしれない(ギーゲリヒの言うpop-psychologyに当たるだろうか)。このシリーズは、河合の著作のなかから専門性の高いものを新たに編んだもので、心理臨床家・理論家としての河合隼雄をあらためて読み、評価するうえで好適だと思う。

▼R・A・ラファティ『九百人のお祖母さん』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)
▼ジーン・ウルフ『調停者の鉤爪 新しい太陽の書(2)』(岡部宏之訳 ハヤカワ文庫SF)
 目下のところ気になっているSF作家は、このラファティ、ウルフ、さらにディック、バラードなどで、それぞれ作風は全く異なるが、一口に言えば古典的なSFと比べると一ひねりも二ひねりもあるものばかりだ。特に前三者は、最近復刊や新刊が相次ぎ、再評価の気運が高まっているようだ。

▼『フランス幻想小説傑作集』(窪田般彌・滝田文彦編 白水uブックス)
▼マルグリット・ユルスナール『東方綺譚』(多田智満子訳 白水uブックス)
▼トーマス・マン『ヴェネツィアに死す』(岸美光訳 光文社古典新訳文庫)
 「普通の」小説も少々。

▼ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ『音楽と筆舌に尽くせないもの』(伊澤紀雄訳 国文社ポリロゴス叢書)
▼『エステティカ Estetica イタリアの美学 クローチェ&パレイゾン』(山田忠彰編訳 ナカニシヤ出版)
 現代の哲学・思想系の著作家で音楽に関する論考をものしているのは、アドルノが質・量ともに抜きん出ており、さらにサイードも精力的に書いているが(『音楽のエラボレーション』『音楽と社会』『サイード音楽評論』『晩年のスタイル』など)、ジャンケレヴィッチにもこのような音楽についての著作があることは知らなかった。前二者と違って、ジャンケレヴィッチは専らピアノとピアノ曲に関心を寄せつづけたらしい。
 『エステティカ』は、副題にあるとおり、2人のイタリア美学者の論文の翻訳と解題。美学にも、そしてとりわけイタリア思想にも疎いのだが、古くはギンズブルク、エーコ、近年ではアガンベン、カッチャーリ、ネグリといった人びとが日本でも紹介されており、かなり関心が高まっていると言えるかもしれない。これには上村忠男、岡田温司といった人びとの翻訳・紹介も大きく寄与しているだろう。本書はそうした現代イタリア思想の先駆となった2人の論文が収められており、あまり紹介されることが多くないだけに貴重な翻訳だろう。因みにこの本は古書でほとんど捨て値同然の価格(状態は良い)だったのだが、買い手として有り難い反面、そのような扱いになってしまうことには手放しで喜ぶ気にもなれず、なんとも言えない気分ではある。

▼鈴木國文『精神病理学から何が見えるか』(批評社メンタルヘルスライブラリー34)
 少し前に、ネットで光トポグラフィーという、脳の血流量をリアルタイムに観察・計測することでうつ病の診断に役立てる大がかりな装置について、ある精神科医がコメントしているのを読んだことがある。その医師は、従来は診断を患者との問診によって決定してきたが、それでは医師の主観に左右されるので、こうした機械による客観的な検査が重要なのだと語っていた。
 これはまさに、現在の精神医学がどのような考え方に立つのかを端的に表わしていると思った。もっと言えば、医者は患者とのやり取りで体験されることから下す医師としての自分の判断に自信が持てないのだと感じた。少し専門的な話になるが、かつて現在のような画像診断装置もなければ、ろくな向精神薬もない時代に、精神科医はなんとか患者と患者が呈する症状を理解しようとして、精神病理学と総称される体系的な知を築き上げようと努力してきた。精神病理学は、症状の背後にある精神病理を体系的に捉え、疾患概念を確立し、病因論から治療論へとつなげる、精神科臨床の根幹となる学知の体系だった。ところが20年ほど前から精神医学の世界で主流となってきた考え方は、病因論はもとより「症状の背後の精神病理」にも重きを置かず、代わりに表層である症状にのみ注目し、誰が見ても同じ判断を下せるようなマニュアルによって病名を決めるようになってきた(操作的診断と言う)。そして、一定の症状に対しては一定の治療法(主として薬物療法)を用い、そうした直接の症状とそれに対する治療を越える領域に対しては、精神科医はあまり関心を払わなくなってきた。その結果、精神病理学はかつて程には重視されなくなり、研究も下火になって、理論の貧困と言える状態になってきている。現在専門家を越えて広く一般の読者を獲得している高名な精神科医、例えば木村敏、中井久夫、土居健郎、笠原嘉といった人びとは、みな精神病理学全盛期の古い世代で、今日の精神科臨床ではあまり省みられることがなくなってきているのが実情だ。著者はこうした精神病理学貧困の現状に対し危機感を抱いているようで、書名のとおり精神病理学によってどのようなことが臨床で見えてくるのかを語ろうとしているようである。比較的薄い本だが、目次を見ると論点は多岐にわたっている。全体は三部に分かれ、それぞれがいくつかの章から成っているが、各章とその副題がなかなか興味深い。「精神医学の裏面をなすもの ——なぜ精神医学は反精神医学を内に含むのか」「精神療法はどこへ向かうのか ——精神療法と『弱い知』としての精神医学」「言葉は誰のものか ——根源的トラウマと詩の言葉」(この章はツェランを扱っている)等とあって、臨床に携わるのではない人にとっても、興味が持てるのではないかと思う。
  1. 2015/05/17(日) 18:10:48|
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新着図書(追補)

▼マリオ・プラーツ『ムネモシュネ 文学と視覚芸術との間の平行現象』(高山宏訳 ありな書房)
 プラーツの本はどれも、数多の固有名詞がシャワーのように降り注ぐのが魅惑的だが、この本もその例に漏れず、冒頭を少し読んだだけでそうした感に浸れる。また副題そのままに、多数の図版があって見るだけで愉しい(モノクロなのが残念)。ありな書房刊、"学魔"高山宏訳とあって悪かろう筈はなく、ただ価格が閾を高くしているが、それでも本書は(他の著作に比べれば)まだ近づきやすい方だろう。

▼別冊現代詩手帖第二号『ルイス・キャロル アリスの不思議な国あるいはノンセンスの迷宮』思潮社
 『ユリイカ』が最近アリスの特集号を出したが、これは今を去ること40年以上前の刊行。寄稿者を見ると、高橋康也、種村季弘、瀧口修造、澁澤龍彦といった錚々たる名があって時代を感じさせる。また、大森荘蔵、宮本忠雄といった意外な名も見える。翻訳が掲載されているE・シューエルは、昨年高山宏が『オルフェウスの声』を訳したばかりだ。また『現代詩手帖』の最新号は特集「SF×詩」が話題を呼んでいて、こちらも注目だ。

▼J・L・ボルヘス『ボルヘスの「神曲」講義』(ボルヘス・コレクション 竹村文彦訳 国書刊行会)
 国書刊行会のボルヘス・コレクションは、ボルヘスの評論やエッセイを集めたもの。このシリーズは大変興味深いものがいくつもあって、是非揃えたい。
  1. 2015/05/04(月) 02:59:08|
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